こんにちは、初めまして!
今年の春から湘南美術学院で日本画の講師をさせていただいている
絵 坪井先生
石山 諒
イシヤマ リョウ
と申します。
今回はコロナウィルスの影響でお会いできていないショナビの皆さんにブログの場を借りて自己紹介をさせていただく機会を速水先生から頂きました!ありがとう!速水先生!!
ではまず最初に、僕の受験経歴ですが、
高校2年の春に美術予備校の基礎科に入学する
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武蔵野美術大学の日本画科に合格
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いろいろあって夏期講習から仮面浪人を始める。
午前中はムサビに通いながら夜間部に通う。
(ムサビで彼女ができる)
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芸大に合格(受験勉強で箱椅子を使いすぎたためか痔になる)
という流れで芸大に入学しました。(痔はまだ完治せず)
↑芸大日本画専攻の頃はこんな感じの絵を描いてました。
これは卒制の時の自画像ですね。
次に、受験時代の作品を時系列で載せて自己紹介してきますね!
高校2年生編
↑予備校に初めて行った時の感想は「え?こんなガチでやるの?」 それまで学校の美術の成績で5ばっかりとっていて、美術予備校を舐めていた自分には周りの学生みんなが上手すぎて衝撃でした。 |
記念すべき最初に予備校で描いた絵です。まわりはうまい人ばかりで、それまで自分は才能アリアリだと思っていたもんだから講評が嫌でしょうがなかったですね(笑)。手前と奥の赤玉はもちろんリンゴです。
予備校で初めて描いた石膏(カッパビーナス)と、二回目に描いた石膏デッサン(アマゾン)ですね。この時は初めて木炭で描いたので、「うまく描けないのは木炭のせいだ、鉛筆ならマシになるはず」と自分を鼓舞していました(笑)
その後、夏期講習に入るまでずっと下段でした。秋になると受験部体験があったので、もう下手なのが分かっていた自分は、「とりあえず技術がつきそう」という雑な理由で日本画科を選びました。
この2枚は秋に受験部描いた作品ですね。受験部では2週間課題をやりましたが、受験部の部屋は真剣な先輩が多くて本当に怖かった…。左は久々に鉛筆で描いたブルータスですが、「鉛筆描きづら…木炭の方が色乗るわ」と上の木炭デッサンとは真逆のことを考えていました。
そんなわけで右は基礎科最後のデッサンです。
講師のおっちゃんに珍しく褒められて嬉しかったのを覚えています(中段でしたけど)。
実は基礎科最後のコンクールもあったのですが、2日目に気合入れて早く予備校行ったら東日本大震災が来て予備校で被災しました。結局コンクールは流れて、その日は予備校に宿泊。そんな感じで高校2年基礎科は終わりで、日本画の受験部に移りました。
ここまで(高校2年生基礎科)のスコア
課題数(だいたい)・・・・・100課題
ピックアップ(粘土制作)・・・・1回
上段・・・・・・・・・・・・・0回
中段・・・・・・・・・・・20回以下
下段・・・・・・・・・・・80回以上
一回ぐらい絵で上段とりたかったなぁ…
こっから受験部編、ムサビ仮面浪人編、神輿制作サボり編と続けたいのですが、長くなるので省略です。気になった人はショナビで聞いてください、ノリノリで話しますから!
あ、僕も家で自主練した時の絵が出てきたので、それだけ載せますね。(確か仮面浪人の春ごろに描いたやつ)
↑カセットはFF9 PlayStationって見たことある? |
↑花は川原で拾ってきて、家にあるものでモチーフを組んでたな。花高いじゃん… |
↑この花は200円とかでやたら安かった。 台が合ってないけど選んだモチーフの雰囲気が割と好き |
因みに今描いてるのはこんな絵だよ!
デッサン力が活きてるなぁ…
~受験生に向けて!~
芸大に入って一番に、百合の絵を描くんですけど、まぁ全員参考作品並に上手いんですよ(当たり前なんですけど)。たまに芸大生が参考作品を描きに予備校に来ますよね。予備校生だった僕にはいわゆる憧れの人たちだったんですけど、それと同じレベルの作品が25枚ぐらい並んで制作されていて、一つも下手な絵が無いんですね。その教室に自分も居るってのは何か凄い良い気分なので、来年自分の目で確かめてみてください。ほんと気持ちいいですよ!
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